top of page

シャロームの種を蒔く(礼拝メッセージ)

マタイの福音書5章9節
5:9 平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。
ヤコブの手紙3章16~18節
3:16 ねたみや利己的な思いのあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行いがあるからです。
3:17 しかし、上からの知恵は、まず第一に清いものです。それから、平和で、優しく、協調性があり、あわれみと良い実に満ち、偏見がなく、偽善もありません。
3:18 義の実を結ばせる種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれるのです。

父・キリスト・聖霊である神様、主に愛されている皆様お一人、お一人。
残暑大変厳しい中、いかがお過ごしですか、心も体も大事になさってください。
先々週から聖書のシャローム(平和・平安)を取り上げさせていただいております。
第1回目は、最初は「シャローム(平和・平安)」とそのままのタイトルでした。
新約聖書では多くが"eivrh,nh"で記していますが、意味するところはヘブル語の"Shalom"
それは単に争い、戦争がない、心騒がされることがないということではない。
全ての物事が、神様が創造された本来あるべき完全な姿に整っている状態。
それは父・御子・聖霊である神様から私たちに注がれる恵みであることを覚えました。
第2回目は「悔い改めのシャローム」
私たちが神様からのシャロームを得るために欠かせないこと。
それは神様への私たちの罪の悔い改めであることを覚えました。
そして今日、第3回目は「シャロームの種を蒔く」といたします。
私たちのシャローム(平和・平安)をつくる使命をご一緒に確認し、考えてみましょう。
まずは、主イエスの「天の御国」「神の国」についての山上のメッセージからです。
私たちのシャローム(平和・平安)をつくる使命を確認してみましょう。
マタイの福音書5章9節

5:9 平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。

皆様、ご存知の主イエスのおことばです。
「こういう人は、こういう人たちは幸いです。」と続く主イエスのおことば。
「心の貧しい者」「悲しむ者」「柔和な者」「義に飢え渇く者」「あわれみ深い者」「心のきよい者」に続く7番目がこの「平和をつくる者」です。
「者」と訳されていますが、すべて複数形であり、正確には「者たち」です。
個人に対しても、人間の集団、もちろん教会に対してもイエスは語られていることです。
そしてこれらは「天の御国」「神の国」の人、人たちの特長、特質になっています。
それぞれが単独ではなく、これらが備わったのが「天の御国」「神の国」の人、人たち。
そう考えるのが自然なイエスのおことばです。
「心の貧しい者」「悲しむ者」、自らが神様に対し罪ある者であると自覚する人。
「柔和な者」自らに固執する頑固な心ではなく、神様にゆだねる柔らかい心を持つ人。
「義に飢え渇く者」神様との正しい関わりを持ち、神様の御心に適うことを願う人。
そうした者、者たちが真に「平和をつくることができる人、人たち」であるのです。
そして「平和をつくる」は、「天の御国」「神の国」の民、全てに与えられた使命です。

5:9 平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。

そうイエスがおっしゃっておられる通りです。
イエスをキリストとして信じる私たち一人一人。
「神の国」の民、「神の子」とされた私への使命であることです。
私たちの置かれたところ、私たちの世界。
そこにシャローム(平和・平安)をつくるのは、私の、あなたの、私たちの使命です。
それではシャロームをつくる使命に対し、私たちの生きる世界の現状はどうでしょうか。
そこにあるのはシャロームの危機ではないでしょうか。
最近の国際情勢は混迷しています。
ウクライナの地で続く終わりの見えない戦争。
中東ガザ以降も連続する世界の各地での武力衝突と人道の危機。
爆撃で破壊された街、幼い子どもたちの悲鳴、愛する家族を失った人々の涙。
この世界の緊迫感は、私たちの足元にある社会を「分断」へと向かわせています。
世界で起こることが私たちの生活にも影響を及ぼすのが現代の社会です。
政治的立場の違い、思想の違い、格差による対立、あるいは世代間のギャップ。
インターネットやSNSでは敵と味方で罵り合い、互いを排除する言葉で溢れています。
そして、「世界の戦争」や「社会の分断」の嵐の中。
私たちの個人の心の中にあるシャロームもまた、かき乱されてはいないでしょうか。
将来への不安、職場のストレス、家庭内のすれ違い。
外側の不穏なニュースに心を奪われ、気づけば自分自身の内側からもシャロームを失う。そしてイライラや恐れが心を支配する。
世界や社会のシャロームを祈りつつ、自分自身の内がシャロームから離れる。
そんな痛みを、私たち自身が抱えているのではないでしょうか。
世界の現実、社会の分断、あるいは自分自身の心の葛藤を前にして。
「平和をつくる」を使命とする私たち、無力感に圧倒されることはないでしょうか。
戦争が起き、社会が分断され、自分の心のコントロールさえままならない。
そうした中で、私が、私たちが、一体何ができるというのだろうかと思わされます。
しかし、主イエス・キリストは、無力感を覚える私たちに宣言されていることです。

5:9 平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。

今月の広島原爆記念式典で男女2人の小学生による「平和への誓い」がなされました。
「平和とは、誰かから与えられるものではなく、世界中の人々で創り上げるものです。」
そうしたことばがあり、私、まったくその通りだと思いました。
しかし同時にどのようにして平和をつくるのか、その方法には様々な考え方があります。
格兵器のこと一つとりましても正反対の考え方があります。
核兵器廃絶による平和の一方、核保有・核抑止による平和が議論されていることです。
そこでさらに私たちのシャローム(平和・平安)、そのつくり方を考えてみましょう。
ヤコブの手紙3章の後半、特に18節を手掛かりにしてみたいと思います。
このヤコブの手紙の著者は、イエスの兄弟でエルサレム教会の指導者ヤコブです。
迫害の中、エルサレム教会に残り、散らされた人たち、諸教会を手紙で励まします。
その手紙の励ましは、もちろん主イエスの教えが土台となっていることです。

3:16 ねたみや利己的な思いのあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行いがあるからです。

ヤコブは、シャロームが失われる原因を地上の知恵である「利己な思い」と語ります。
「利己な思い」と訳されているevriqei,aは党派心、自己中心の野心を意味しています。 
これが国家や社会の規模にまで巨大化すると戦争になります。
「自分たちさえ良ければいい」という排他主義や、異なる者を見下す高ぶり。
これらはすべて、世界のシャロームを破壊する「地上の知恵」です。
そして、この「地上の知恵」は、私たちの個人の心の中をも荒廃させていきます。
私たちは日々の生活の中で、無意識のうちに他者と自分を比較します。
「あの人はうまくいっているのに私は」とはなっていないでしょうか。
「私が損するのはごめんだ」と周囲を敵であるかのように警戒してしまう。
利己的な思いに心が支配されると、私たちの心の内のシャロームは消滅してしまいます。
そしてそこには「混乱とあらゆる邪悪な行い」が生み出されます。
戦争も、社会の分断も、そして私たちの心のイライラや葛藤も、根っこは全く同じです。
そこで、私たちが神様からのシャロームつくるために欠かせないこと。
それは、先週のメッセージの通りまず「神様への私たちの罪の悔い改め」なのです。
その上でヤコブは主の十字架のゆえに神様に罪を悔い改めた私たちに勧めています。
「利己的な思い」ではシャロームをつくることは決してできません。
3:17 しかし、上からの知恵は、まず第一に清いものです。それから、平和で、優しく、協調性があり、あわれみと良い実に満ち、偏見がなく、偽善もありません。

シャロームをつくるのは「上からの知恵」「神様の知恵」、キリストに生きることです。
そしてヤコブは18節でシャローム(平和・平安)をつくることを勧め、結んでいます。

3:18 義の実を結ばせる種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれるのです。

ここでヤコブは、とても大事なことを私たちに教えています。
「実」を収穫するためには、まずその「種」を蒔かなければなりません。
そして、シャロームの種は「シャローム」な方法で蒔かれなければならないのです。
シャロームをつくるためには、手段もまたシャロームによらなければいけないのです。
ここでの「義」とは、もちろん私たち人がそれぞれに主張する「正義」ではありません。
義である神様の知恵によって、主イエスからの使命、シャローム(平和・平安)つくる。
シャロームな方法、手段を用いて、神様の義による良い実を結ぶ種の蒔いていくのです。
種は小さいですが、小さなことでも、私たち、シャロームの種を蒔き続けていくのです。
ご一緒に3章18節をゆっくり、味わいながらお読みしましょう。

3:18 義の実を結ばせる種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれるのです。

「主よ、今日もあなたのシャロームで私の心を満たしてください」と祈りましょう。
戦争、災害、身の回りで、苦しむ人たちのためとりなしの祈りをささげましょう。
日常会話、インターネットでの発信、シャロームをつくることばを選びましょう。
自分とは意見の合わない他の人たちのことばに、まずは謙虚に耳を傾けましょう。
他の人の気持ちを想像し、意見が違っても、その人の存在を認め、受け止めましょう。
そしてシャロームへの思いを自分なりに人々に表現していきましょう。
それは世界の出来事、あるいは自分の抱える問題に比べれば小さいかもしれません。
しかし、私たちがキリストのシャロームに満たされ、小さな種を「シャロームのうちに」蒔き続けるとき、きっと奇跡が起こります。
神様がその小さな種にいのちを与え、育て、私たちの心を内から癒やし、社会の分断を埋め、世界に及ぶほどの「豊かな義の実」を結ばせてくださるのです。
私たちは決して無力ではありません。
私たちの主イエスは、「シャロームをつくる人は幸いです」とおっしゃり、十字架と復活によりシャロームを与えてくださり、ともに歩んでくだっておられます。
私たちの内には主イエスと一つである聖霊が住まれておられます。
この一週間、まず主の御前に静まり、心のシャロームを取り戻させていただきましょう。そして、傷つき、分断された世界と社会のために祈りましょう。
それぞれの生活の場で、上からの知恵に満たされ、喜びをもってシャロームの種を蒔く歩みへと進んで行きましょう。

 日本のキリスト教未伝地にキリストの福音を急速に伝える為に、1925年(大正14年)まず本州中央部の群馬、埼玉、栃木の3県より伝道を開始したセントラル・ジャパン・パイオニヤ・ミッション(中央日本開拓伝道団、創立者マーガレット・エミー・バーネット師)の働きの結果、各地に起った信者の団体(教会)がそのミッションの教義、信条に基き共同の目的である信仰の純潔を保持し、徳性を養い、福音伝道に奉仕せんが為に結合し、1927年(昭和2年)福音伝道協会を組織した。

​住所

​〒327-0821

 

栃木県佐野市高萩町643-4

Tel:(0283)21-0603

 

​アクセス

© 2017 SanooloveCH created by A.Nakabayashi

bottom of page